2012年3月12日月曜日

どしてらべな 元気にしてらが 東北の友よ 311に想う

311から一年が経ちました。
 私は、最初の学生時代を青森県の弘前市で過ごしました。そこで、青森のみならず、北海道・東北出身の多くの友と出会いました。
 あぶなっかしい私の青春時代を支えてくれた、懐かしい友の顔や名前が心をよぎります。原発事故もさることながら、私がこの会をはじめようとした直接のきっかけは、懐かしい友を心配する気持ち、なんとか力になれないだろうか、との思いです。
 たしか、あいつは大船渡だったな、宮城には、誰それがいたっけな、福島には、彼らが住んでるな、と震災直後は、今では音信も途絶えた友人の安否を尋ねようと努めました。しかし、あまりの災害の巨大さに、いつしか自分の友人・知人の安否だけを心配することはやめました。自分の友は仮に助かっても、誰かの友や肉親は間違いなく犠牲になったのです。
 震災後、津軽出身の友と、被災地を憂う話を電話でしていたら、「でも、みんなの方がきっと寛ちゃんのことを心配してるんじゃないか」と言われてしまいました(泣)。(私は同級生のみならず、後輩からも、”かんちゃん”と呼ばれていました)
 いつまでも半人前の私ですが、私はあいかわらず元気です。元気だけが取り柄なので。岩手や宮城には、まだ行けていませんが、必ず行きます。おらほに気付いたら、声をかけてけろじゃ。
(滝澤)

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