2022年4月6日水曜日

抵抗の文学 ヴェルコール「海の沈黙」を読む

凄惨な戦場の真実が、次々に明るみに出て、心乱れるばかりですが、少し視点を変えて、文学から侵略や占領にアプローチしてみます。

ひとつの文学作品が、世界文学へと昇華するゆえんは、その普遍性や予言性の故でしょう。

 ヴェルコールの「海の沈黙」は、ナチスドイツ占領下のフランスで、1941年に著された短編小説です。いま、このとき、40年ぶりにこの小説を読んで、その時代を越えたメッセージに胸を打たれました。

 あるフランスの村に、片足を引きずる、若くて背の高いドイツ軍の将校がやってきます。彼は、とある民家の2階を下宿先に選び、そこに駐屯します。民家には老人とその若い姪がふたりで暮らしていますが、フランスを愛し、音楽家でもあるナイーブな青年将校の独白に対して、徹底した沈黙を守ります。将校の独白と、それに対する沈黙の応答は半年にも及びますが、物語の結末までの間に、老人と姪は、それぞれ、ただ一言ずつしか、将校に対して言葉を発しません。

将校の足をひきずる音が、彼の接近をふたりに知らせます。そして、扉へのノックを合図に、将校はふたりの暮らす部屋をたびたび訪れます。

 若い音楽家の将校は、その芸術家的な繊細さから、フランスへの思いや、独仏の統合への夢を、問わず語りに訥々と語り続けます。民家のふたりの沈黙は、必ずしも冷淡なものではなく、沈黙を守りながらも、ひとりの人間として若い将校を認め、密かに心を寄せていきます…。

 この物語から読み取れるのは、たとえ、善意や理想を持ち合わせた者であっても、侵略者は、侵略を受けた者の心を真に解きほぐすことはできない、ということです。

 ましてや、むき出しの暴力によって、人々の心を征服することなど、できようはずがありません。


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