2011年8月24日水曜日

チェルノブイリ原発事故の鳥類への影響


日本の代表的な鳥類研究者のおひとりである、東京大学の樋口広芳さんの 放射能汚染が鳥類の繁殖、生存、分布に及ぼす影響 ―チェルノブイリ原発事故25年後の鳥の世界―”という原稿から、チェルノブイリ事故の鳥類(主にツバメ)への影響について、一部引用してご紹介します。(サブタイトルは引用者によるもの)

「燕雀いずくんぞ・・・」などと軽んぜられることもある鳥ですが、その俊敏な飛形から国鉄の特急の名前や、国鉄バスのシンボルになったり(国鉄スワローズ⇒ヤクルトスワローズの由来)、オスカー・ワイルドの短編「幸福の王子」で重要な役回りを演じたり、季節を知らせる愛らしい鳥として、私たちにとって、もっとも身近で親しみのある鳥ではないでしょうか。山登りのときも、イワツバメが尾根道の近くに颯爽とした姿を現し、登山者を励ましてくれます。


●チェルノブイリのツバメ~抗酸化物質の減少・免疫力低下

「チェルノブイリの高濃度汚染地域で調べられたツバメでは、 血液や肝臓中のカロテノイドやビタミンAEといった抗酸化物質の量が、対照地域と比べて有意に減少している( Møller et al. 2006: Proc. Royal Soc. B 272, 247-253)。抗酸化物質の減少は、雄の精子異常や羽色の部分白化などをもたらす可能性がある。実際、チェルノブイリのツバメでは、部分白化個体の割合が原発事故前にはゼロであったのに対して、事故後には10~15%に増加している(Møller & Mousseau 2006TREE 21, 200–207)。部分白化がより著しい個体ほど、つがい形成率は低い (Møller & Mousseau 2003, Evolution 57:2139-2146)。雄の喉などの白化は、雌によるつがい選択に負に影響するからである。チェルノブイリのツバメでは、白血球数や免疫グロブリン量の減少、 脾臓容積の減少なども認められている(Camplani et al. 1999:Proc. Royal Soc. B 266, 1111-1116)。これらの減少は、免疫機能の低下を示唆している。」

●汚染地域では、ツバメの卵の数や孵化率が減少

「生活史形質の変化については、チェルノブイリ汚染地域とそこから220km以上離れたカネフで、やはりツバメを対象に調べられている(Møller et al. 2005: J. Anim. Ecol.74, 1102-1111)。チェルノブイリのツバメは、23%の雌が非繁殖個体で、繁殖のための抱卵に必要な抱卵班をもたない。このような状況はほかの地域では見られない。汚染地域では一腹卵数や孵化率も有意に減少している。生存率は、カネフと比べて雄で24%、雌で57%減少している。既知の成鳥の生存率や分散率などの情報にもとづくと、1986年の事故以降、チェルノブイリへの移入率は他地域への移入率よりも高くなっていると推定できる。羽毛を用いた安定同位体分析でも、原発事故以降、より広範囲の地域から移動があったことが示唆されている( Møller et al. 2006:Ecological Applications 16, 1696–1705 )。

こうした生活史形質の変化をもたらす仕組みとしては、次のようなことが考えられる。 前記のように、放射能汚染はカロテノイドやビタミンAEなどの抗酸化物質の量を減少させる。抗酸化物質は、遊離基によって引き起こされるDNAなどの分子の損傷を防ぐ役割をもつ。雌の繁殖は、抗酸化物質の量によって制限される。したがって、放射能汚染による抗酸化物質の減少は、鳥の繁殖時期、一腹卵数、生存率などに影響をおよぼすことになるのである。」

●環境中の放射線量増加にともない、鳥の種類や個体数が減少

「環境中の放射能の量と単位面積あたりの鳥の種数や個体数を調べた研究では、種数、個体数、種あたりの個体数のいずれも放射線量の増加にともなって減少している(Møller & Mousseau 2007: Biology Letter 3, 483–486)。 とくに、土壌中の無脊椎動物を主食にしている鳥の減少が著しい。土壌汚染による影響がより強く表れているためと思われる。また、57種の異なる生活史をもつ鳥を対象に調べた結果では、長距離の渡りや分散をする種、大卵多産の種、カロテノイドによる羽色をもつ種などで減少が著しいことがわかった(Møller & Mousseau 2007J. Applied Ecology 44, 909–919)。これらの鳥は移動、卵生産、色素形成などに多量の抗酸化物質を消費するためであると考えられる。抗酸化物質の大量消費は、鳥の繁殖や生存などに影響をおよぼす。」

●汚染地域の鳥の脳容積は減少

「最後に、メラー教授らは脳容積への影響も調べている(Møller et al.2011PLoS ONE 6(2): e16862. doi:10.1371/journal.pone.0016862)。といっても、鳥を解剖して調べたのではなく、捕獲した鳥の頭部を中心に体サイズを細かく計測して推定した結果である。さまざまな種を対象に調べているが、総じて汚染の著しい地域ほど鳥の脳容積は減少する傾向にある。脳容積の減少は、生存力の減少を示唆している。減少の程度は種によって、あるいは年齢によって違いがある。年齢については、若い個体の方が影響を受けやすい傾向がある。」





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