2013年6月8日土曜日

被災地へ行こう!実践編  陸前高田カモメネット ~その2



陸前高田カモメネットの畑は、漁港の見える少し小高い丘にあります。この丘の上に建っていたいくつかの民家は津波によって流されてしまい、その跡地を借りて畑にしているそうです。高台移転という“合意”のもと、現在、空き地となってしまった民家の跡地を今後どうするか、ということははっきりしていない、ということで、そのまま荒れさせてしまうよりは、花や野菜を植えて、景観を保ち、人々が憩える場所にしたい、というのが代表の後藤さんのお考えだそうです。
 今回お手伝いした農作業は、雑草の草むしりや水撒きなどが中心で、比較的軽作業でした。そのため、疲労が尾を引くようなことはありませんでした。ただし、土入れをしたり、耕したりする作業が中心となることもあるようですから、ボランティアとして参加する方は、作業内容を事前に確認して、自分の体力や資質がマッチするか、よく検討してから参加するとよいと思います。私は、いつかまた行ってみたいと思っています。
 作業後に宿で聞いた後藤さんのお話は、たいへんに壮絶な内容で、聞きかじった者が不正確に伝えてしまうことを恐れますが、遺体収容所で何百人ものご遺体の見分に立ち会ったこと、身内に犠牲者が多かった者同士は、香典のやりとりをやめることにしたことなどのお話が印象に残っています。機会があれば、ぜひ、被災地・被災者の声に直接触れて欲しい、と思います。

7万本もの松林を一望できた道の駅・高田松原の現在の姿
 
 陸前高田市内では、かさ上げ・土盛り作業が始まっていますが、かさ上げのための土を採るための山の切り崩しや、かさ上げした土地の液状化に対する心配も、当然ながらあるそうです。いずれにせよ、拙速にことが進むことのないように、願うばかりです。
 それから、同行した大勢のボランティアの方々は、つわ者ぞろいで、月に一回は被災地に通っているといった人が何人もいました。被災3県を順番に廻っているという方もお出ででした。関西に住んでいることを言い訳にして、現地でのボランティアに二の足を踏んでいた我が身が恥ずかしい。ボランティアとしては、まだまだ私は「あまちゃん」です。(滝澤)        
道の駅の前の追悼施設で犠牲者に哀悼の礼を捧げる

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